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踊りに行くぜ!栗東2004

 栗東市のさきら小ホールで「踊りに行くぜ!」を拝見。4人のコリオグラフ・ダンサーの4作品。JCDNの企画なので、さすがに粒立ちのはっきりした、見応えのあるコンテンポラリーが並ぶ。現在のダンスのそれぞれの側面を意識させられる。

 最近の傾向だが、テクニカル・スタッフの不在を感じさせられる舞台が、何故か増えてきているような気がする。もちろん、音響も照明も道具・舞台も、プロフェッショナルだからこその存在感の希薄さなのだろうけれど、照明家・技術演出家としての目から見ると、こうまで無名性を主張するスタッフワークもどうだか。ダンスが抜群に面白ければそれも故あること、しかしそればかりでも。

 特に今回は舞台空間の広さを使える踊り手と苦手とする踊り手の、それぞれの意識の差が克明に浮かび出たように思え、ソロダンス特有の問題ではない筈なのだが、ソロに良くある課題の通り、独自の作品空間を身にまとえたか否かの、密度、ダンスの強度の差が、切々と訴えかけられてきたような、そんな観後感を持つ。

 2作品目、チアガール風の衣裳・ドラアグクイーン風のウィグ&メイク、手に白いポンポンを持ち、振り向きざまそのポンポンを背中に寄せたポーズ。曲は「翼を下さい」、照明はパーライト生目の逆光(クロスバック、床面にはマダラにあたる)。全4作品を通じてのマスターシーンの様だ。ホールの壁面の沈み方、光のスジの見え加減、衣裳と光色のマッチング、恐らくはオリジナルのリマスタリングCDと思われるがそのレンジの狭い音響を広げずにPAすることによって得られる広がりの無い空気感。この美しさ、その緊張感こそが現在ダンスに必要なものだと確信する。

 個人的にはあとここに、字幕で歌詞をハングルと広東と英語と、場合と必要に応じて日本語とフランス語なども加えて、言葉で醸成された場の雰囲気までもを万人に伝えるような工夫を望むが、それは勿論余分なこと。

 モダンの時代は過ぎ去った。観客の、いや観覧者と言っても良いが、客席に座る人々の目も耳も、激しく状況を分析する。どんな音に響くのか・それは電気的なものか劇場の持ち味か。光の具合・それは引用されたものか、引用元は何か。その一々を我々は作品の要素として評価する能力を有してしまっている。スタッフが無名性を主張している場合ではない。あらゆる技術を総動員して作品世界をレタッチしなければ、我々にお馴染みの液晶モニターの向う側に広がる大世界には太刀打ちできまい。

 音・光・動き、椅子や床や壁や、天井、その一つ々々が一回限りのこの上演の、大切な材料だ。であればこそ、踊り手が作り得る空間を、その身体を照らすことから見せようとするのか・劇場と舞台のある部分を選択的に照らしていくことで見せようとするのか、それぞれの照明手法についても無自覚ではいられない。
 自分では後者の、劇場と舞台と踊り手の、その3つの空間の関わりが照明されている様を観るのが好みだが、創り手の皆さんはいかが思われるだろうか。

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» コンテンポラリーダンスの全国巡回イベント、「踊りに行くぜ!!」 [余は如何にして道楽達人になりしか]
おおっ! これは、おもしろそうなイベントを発見!! 2005年 踊りにいくぜ!! [続きを読む]

受信: 2005.08.25 00:25

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